石原和幸生い立ち、花屋で成功からの負債その後三原庭園を造るまで

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世界的庭園デザイナーとして活躍されてる石原和幸氏をご存じでしょうか?

 

自分がやりたい事を探し求めて辿りついた庭園デザイナー、花と緑の植物に魅力され追及していった結果、世界が認めるデザイナーに!!

 

今回は石原和幸生い立ち、花屋で成功からの借金その後三原庭園を造るまでについて書いてみます。

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石原和幸氏生い立ち

出典元;https://ameblo.jp

 

石原和幸氏は1958年1月14日生まれの62歳(2020年現在)です。

 

長崎県長崎市で生まれ育った石原和幸氏、自然豊かな野山に実家は酪農農家、両親やきょうだい、親族との13人の大所帯でのびのびと育ったそうです。

 

大学は久留米工業大学・交通機械工学科へ入学。

 

当時の夢は「モトクロスのレーサーになりたい」だったそうです。

 

卒業後は自動車販売会社「マツダオート長崎」に就職し整備士として働いてますが、運命を左右する言葉を大学時代の友人に言われています。

 

「花屋は儲かるぞ」

 

整備士時代、実家の酪農経営が厳しくなり父親が花の栽培に転向。

 

家業を手伝うため働きながら、花の扱い方を学ぼうと華道家元「池坊」の教室にも通い始めます。

 

職場の整備工場に生け花を飾ったところ、『お前、大丈夫か』と心配もされたそうです。

 

当時は男性が花を生けるなんてこと想像もされなかったようですから!

 

「華道こそ男がやるべきもの。たった3本の枝で表現することができる素晴らしいアートです」と言い放ったようですね。

 

タイミングがあったんでしょうね、花屋は儲かるらしいと言う言葉が絶えず頭の中にあり、父親が花の栽培へと転向されたことが。

 

それから花の魅力にとりつかれ入社1年で会社を退職しています。

石原和幸氏花屋で成功からの負債

普通、借金8億円負債を抱えてしまったら人はどういう行動に出るんだろう?と考えてしまいました。

 

石原和幸氏は、落ち込んでも一緒「なるようにしかならない」という気持ちで事業計画を作り、金融機関に行って、ローンの借り換えをするという手続きをされました。

 

8億の借金を作ったということはその分を稼げるということです。
借金を作れない人は稼ぐこともできない。ただ、そこでお手上げする人は一生成功しません。絶対返すんだと誓うことだけです。

 引用元;https://grateful-japan.jp

 

力強い、前向きな行動ですよね。

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そんな石原和幸氏の花屋としてのスタートは?

 

就職した整備士の仕事を1年で辞め路上販売の花屋に無給で弟子入りし1年後の24歳で独立されてます。

 

ここで花屋としての基礎的なことを学ばれたんでしょうね。

 

25歳に実家の牛小屋を改造し花風を開店しました同年1982年7月の長崎大水害に見舞われ、全財産である軽トラックが流され花畑も全滅してしまいます。

 

石原和幸氏が始めて成功の手ごたえを感じたのは、長崎市内の生花販売「花泉」に雇われ店舗を任された時ではにでしょうか。

 

畳一畳くらいの店で月300万円年間1億円の売り上げを記録したそうです。

 

この時に、花を売るための工夫を色々されてるんですね。

 

お客さんのよろず相談頼まれ事ひたすら引き受けたり、配達は走って届けていたそうです。

 

それが結果的にお客の心をつかみ信頼されたことが、成功の秘訣だったとおっしゃっています。

 

その後29歳で2度目の独立、バブルで景気も良い時に「花屋のユニクロ」と称して自動販売機ほどの小さなスペースに次々と店を出し2年間30店をオープンさせ、花屋として成功を収めています。

 

この頃の石原和幸氏のモットーは「花を売らずに、夢を売る」です。

 

3000円の花束を長崎から福岡まで自ら届けるなど、採算を度外視した行動で顧客を感動させ、ファンを増やしていったんですね。

 

41歳の時、大手商社から合弁会社設立のアプローチを受けた石原和幸氏。

 

計画では「全国800店、従業員数千人。5年後には株式を店頭公開する」という花屋のユニクロを作るとアピール。

 

そして東京進出し港区白金に本社を置いたそうです。

 

ところが売り上げは伸びず、8億円の負債を抱え、2年で会社をたたむことになってしまいます。

 

石原和幸氏も振り返ってみると、調子に乗っていたんだろうなとおっしゃっていました。

 

そこから故郷長崎で原点に戻る決意し、庭作りと花の販売で借金を返済されています。

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石原和幸氏と三原庭園

出典元;http://www.kaza-hana.jp

 

生まれた町に日本一の庭を作りたいという思いから作られた三原庭園

 

「三原庭園」「洋風庭園」「和風庭園」とふたつの顔をあわせ持ち、”終わらない庭づくり”を続けてるそうです。

 

長崎市内を見渡せる高台の斜面にあり(稲佐山の向かい)、素晴らしいロケーションも楽しめて、園内には石畳みで整備され、盆栽や花が並ぶ小径や池なども設けられています。

 

ビデオにて石原和幸氏が三原庭園への思い、コンセプトなどを話されてます。

子供もの頃の石原和幸氏は、家のまわりで竹を切り出してチャンバラごっこをしたり、葛のつるでターザンごっこをしたり、山から小さな木を抜いてきて父親の趣味の盆栽をまねたりとたくさんの思い出のある町です。

 

そして長崎、三原は潜伏キリシタンの里でもあるんですね。

 

先祖代々クリスチャンの石原和幸氏は歴史ある三原をガーデニングの聖地にしたいと言われています。

 

庭の力、花の力で世界を平和にすること、街のみんなが笑顔になる未来を目標にしているそうです。

 

そのために、人生をかけて長崎に世界遺産になるような世界一の庭を作りたいとおっしゃっています。

 

三原庭園には、テラスやカフェ、レストランやバーなどもあって庭を見ながら優雅なティータイムを過ごしてみるのも良いですよね。

 

石原和幸氏の集大成として作られた三原庭園、長崎に行くときにはぜひ立ち寄りたい場所です。

 

最近、上原多香子さんが石原和幸氏に弟子入りしたことをツイッターでつぶやいてましたね。

 

「長崎三原庭園で風景盆栽に触れて、光、風、自然を感じ、心象風景から、新たな道筋が見えました」と投稿。

 

「三原庭園で修行します」と動画をアップし「石原和幸先生に弟子入りさせていただきました。三原庭園は本当に素敵で、これからが楽しみで仕方ないです」

 出典元;https://news.yahoo.co.jp

 

三原庭園
住所:長崎県長崎市三原2丁目26−11
庭園の見学は自由(無料)
駐車場→現在20台ほど駐車でき
年内に50台ほどの駐車場を準備する予定とのこと。
石原和幸デザイン研究所 HP;www.kaza-hana.jp

 

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